総帥の一言
 

06.11  比較される梁山泊。 平成18年11月13日
この10数年 岩瀬師範がトーア杯に出てKO負けしたことが 無門会の強さや梁山泊の実力を示しているようにネットの掲示板に匿名で書かれている。 顔のない言葉。このような輩を卑怯者と呼ぶ。
 只の格闘技傍観者なのかは知らないが。梁山泊の技術はフルコンタクト空手06.8月号発表したように常に進化発展している。
 また大会はオープントーナメントで行い、アマチュアの格闘家であれば誰でも出場できる大会なのであり、実力を試したければ参加すればいいことであり、答えはでてくるはずである。
 また昨年の大会で審判に問題があるような噂が出ているようであるが、21年間の組織活動の中で他流派大会に参加し、どこの流派であれ審判に問題のない団体は無いと思える。あくまで大会審判に関してではあるが。言えばキリがないので。
 審判は神様ではない。間違えて当たり前である。だからこそ誰が見てもわかるルールにしたいだけである。
 10数年間他流派大会に参加して肝に銘じた事は、「KOで勝たない限り勝たせてくれないない事であり、判定では中々勝てないのである。」引き分けだと思えば負け、勝ったと思えば引き分け判定など等。言えばキリが無い。
 話は戻るが、流派の代表として選手が大会に参加してはいるが実際は、選手本人がどれだけ稽古・練習したかであり、その流派の実力を本当に示しているかは別物である。 「技に理があれば通用し、理が無ければ通用しない。」答え簡単である。

 あくまで、空手の大会はルールに縛られた中での戦いであり、その中でどの選手が一番強いかなど不毛の論争である。あくまでそのルール上の優勝者であり、それ以上でもそれ以下でもない。それ以外は全てルール無し(殺し合い)であり、法律外の戦いなのである。そんな試合を容認する法律は世界中どこにも無い、あるとすれば戦争だけである。
 また無門会が強いと思えば、その練習そのルールで試合をし、その大会の中で勝てばいいことであり、実力を示したければ他流派のトーナメント大会に出場し優勝すればいい事である。
 
 我々梁山泊は10数年も他流派大会に挑戦し続けてきた。優勝することもあれば準優勝や3位の時もある。一回戦で負ける事もあれば3回戦まで行くこともある。フルコンタクト・グローブ・防具付・総合系ルールと出場し、伝統系以外の大会はほとんど出ている。
 空手の歴史なんてたかだか日本本土で100年にも満たない。1945年以降に発展したのであり、合気道も同様である。
 伝統っていったい何だ。何年続けば伝統と言えるのか? 100年続いても認め得ない所、3代住んでも認めない地域などいっぱいある。
  趣旨がちょっと違ったな。無門会と梁山泊か。比較されても困るね。まったく違う団体であり、技術体系も違う。ただ兄弟であることが判断材料になっているだけだからね。
 
 梁山泊は、脱力し筋筋力を使い、いかに確実に倒せるか、いかに落とせるか、いかに効く突き蹴りを使えるかに重点おき、いかに効率よく身に付けるかに練習の全てをかけている。   例えば、無門会の受即攻など昔からある同時攻撃である。
 
 一撃で倒れてもパンチではなく、倒れたはずみで頭をコンクリートなどに打って死ぬことが多いのではないかな。ピストルも22口径では死ぬほどの致命傷にならないし、この前の練馬区の警察官が刺されて怪我をした時でも死んではいない。そんなに簡単に死ぬことも無いけれど、打ち所や当たり所が悪く死ぬときもある。   神のみぞ知る。  

 刺された警官の上司と事件の翌日に会いました。  個人的見解として対ナイフ、対銃を常に想定した練習は必修科目であることを痛感しました。 武道・武術をやっていることの意味が無くなります。もちろん逃げることも大事ですが。                                                
06.11 空手をやっていて良かったなと思うときがある。
今年、ニューヨーク在住の堀川初段が 町を歩いていてたまたま本屋に入ったらフルコンタクトカラテ8月号の表紙に
私の写真が出ていて感動したと両親に電話してきた事を聞きました。嬉しかったですね。
彼が良く手紙をくれ 眼を瞑ると梁山泊の道場での稽古を思い出すと書いてきます。これも嬉しい限りです。
06.11 大会は、多くの弟子や参加者・周囲の好意で成り立っている。有難い事である。一人でできる訳が無い。
06.11 大会も終了し、現在後処理に追われています。招待者に大会報告と御礼・各参加団体への結果報告作成と御礼。

梁山泊の参加選手への言葉は「唄を忘れたカナリア」教えを守れば勝てた試合でした。
勝とうと思えば負けます。迎撃杯は、待つ心を造る大会です。その精神を心を失くしていました。
美空ひばりの唄にもあります。「勝つと思うな、思えば負けよ」
今の稽古の成果は、3年後に出来ます。今は、身に付ける段階であり、使えるまでには時間が掛かります。勝てなくても構いません。
「急がば廻れ」「山の頂上は1つ」「亀で良く・ウサギに成らなくても良いのです」
勝ちは、現象。本質を究めましょう。選手は、試合の反省をしては成りません。もう次の段階を目指しましょう。
それが、梁山泊の姿です。
07.1.15 AIR、MAILが3通届いた。菊池君、堀川君、加藤君。皆忘れられない弟子達。
菊池君は、タイ・バンコック。
堀川君はニューヨーク
加藤君はフランスでラグビー選手として活躍しているという。

ニューヨークに行き、ジムに入った時、回し蹴りを見たコーチがいきなりタイ語で話しかけたという。
堀川君の回し蹴りは、鞭の様な腰の入った切れのある蹴りである。本部での練習中に相手をした弟子が蹴りを受け肋骨が折れた。堀川君は、すみません・すみませんと何度も謝り謝罪したが、その後の練習でも蹴りの威力は同じだった。
手抜きのできない男であった。 一昨年、日本に帰ってきた時に、ニューヨーク市警の友人から総帥へと「Tシャツ」を頂いた。私の宝物である。
堀川君の手紙文より
「皆様とカラテの練習に出会えて感謝しています。日本の武道は世界の宝だと自分は思います。多くの人が空手や武道などをして稽古の厳しさや、痛みになどに耐え、心や精神など強く、人間としてやさしく、思いやりの心が、尊敬しあう心が世界中の人々に芽生えればいいのになと思います。「Stop the war !! Make More Peace !!」

菊池君は、1986年横浜支部開設最初の弟子、皆に介さんと呼ばれていた。
堀川君は、最初から廻し蹴りが上手かった。
加藤君は、親子共々ある病気で苦しんでいた。

それぞれが、今 イキイキと生活している事に、喜びを覚える。
07.1.15  今日、藤岡弘、さん(連盟名誉会長)からお年賀で鮭が届いた。  うまそー。
07.3.21  昨年の大会後に高校時代の友人が会いたいと電話してきた。
彼は、B軍の現役空軍大佐であり、ベトナム・イラク・アフガンに行ってきた勇者である。足には鉄板が入っている。アフガンで地雷にやられた。
イラクでは劣化ウラン弾で10年後に癌が発病と壮絶な人生を歩んで来た。高校時代は、Y基地に独立記念日にはよく行ったものである。高校時代からもう35年にもなる。いまだ友人の一人。
07.4.23 昨日、練馬区の選挙 梁山泊の理事である区議3氏が当選。また、区長杯を出して頂いた現区長も対立候補に約5万票も差をつけて当選。
一安心です。
07.6.3 今日は、先週の迎撃杯に続き後楽園で龍一師範代のプロ5戦目であった。相手は、K−1トライアウトの高萩ツトム選手。結果は、3ラウンド判定負けであったが試合内容は良かったと思う。イエローカード(バッティング)が大きかったが、それがなければ勝ちか引き分けであり、なによりも本人がプロの試合に慣れてきたことの方が大きい。あとは練習量の差でしかない。次に期待しましょう。
07.8.3 格闘技の聖地、後楽園ホールで龍一師範代のプロ6戦目があった。相手は、2戦目で戦った馬場選手。結果は、3ラウンド判定負けであったが1ラウンドは、ポイントを取っていた。2ラウンドからリズムを崩してしまい判定負けとなった。しかし、試合に慣れてきたことが一番の収穫であった。技術的には何の問題もない、あとはスタミナをつけるだけである。